*フクロウと出納帳*

しあわせのためのお金の話

思いわずらうことなく愉しく生きよ。人生は考え抜くものじゃなく、生きるものなのよ。

やっぱり江國香織先生。

 

今回は

思いわずらうことなく愉しく生きよ

を読んだので所感を書きます!!

 

ホリー・ガーデン、レビュー。“余分な時間ほど美しい時間はない”

スイートリトルライズ。不倫、というものにレビュー。

泳ぐのに、安全でも適切でもありません。

 

まずタイトル。

 

思いわずらうことなく、愉しく生きよー!!

 

ではなく

 

思いわずらうことなく、愉しく生きよ。

 

です。

 

内容も知らずに読み始めた時

前者のノリだと思っていました。笑

 

話の内容としては

三姉妹の

長女の麻子。次女の治子。三女の育子。

それぞれの生き方を描いていくお話。

 

思いわずらうことなく愉しく生きよ、は

この三姉妹の父が掲げた家訓です。

 

ほんとに心の底から圧巻なのですが

なぜ江國香織先生はひとりの人なのに

こんなにたくさんの人をリアルに描けるんでしょうか。

 

自分のことをリアルに語るのは誰にでもできても

自分以外の他人の感情や心の動きを言葉で表すのって

すごくむずかしいと思うのに。

 

あらためてそう思った、このお話。

 

三姉妹それぞれが、それぞれの生活を持っていて

それぞれの問題を抱えているのです。

 

 

わたしがいちばん好きだった場面。

 

キャリアウーマンで仕事がバリバリできる次女の治子。

治子には売れない原稿を書く熊木(熊ちゃん)という彼氏がいる。

 

ある日、熊ちゃん宛に

治子と五人の男との性生活が書かれた手紙が届く。

 

治子にとって事実無根の内容で

いやがらせの手紙だった。

 

熊ちゃんはこんな手紙信じたりしないよと言ったけど

治子はその5人の男のうち、2人とは寝たことがあった。

 

だけどそれは治子にとって大きな問題ではないんです。

 

結局、熊ちゃんは治子のその行為を知ってしまい

(勝手に治子のメールを見てしまった)

レストランで治子と話すシーン。

 

「訊かれたから言うけど河野とは寝たわ。でもあの手紙にでてきた五人のうち、寝たのは二人だけよ。どうでもいいことだけど。」

 

治子はここで、熊ちゃんがメールを勝手に見たことに怒っています。

 

「でもあたしは熊ちゃんに会ってから、熊ちゃん以外の人を好きになったことは一度もないわ」

「じゃあどうして寝たんだ?」

「寝たかったからよ。人は全部違うんだもの。試しに寝てみたくなることもあるでしょ」

「俺はない。俺は治子以外の女としたいと思ったことはない」

「嘘だわ」

「嘘じゃない。俺は治子以外の女に興味はない」

 

ここまで押し問答が続き

治子は一人で帰ろうとするのです。

 

「わかるわ。あたしだって熊ちゃん以外の男に興味なんてないもの」

 

ぴしゃりと言い放った治子。

熊木は治子の浮気を許せないけれど、治子を失いたくないのです。

 

 

ふたりは同じ部屋に帰り

熊木は息をつめて考えます。

一人の女にここまで馬鹿にされたことがあっただろうか。

たしかに冴えない人生ではあった。だからといって治子に軽んじられる筋合いはない。

  

治子は熊ちゃんの表情から気持ちを読みます。

 

「でて行くの?」

熊ちゃんは答えません。

「どうして黙っているの?決めたんなら決めたって言えばいいでしょう?」

「どうして治子が攻撃的になるんだ?」

「恐いからよ」

治子は即答します。

「攻撃的になるのは恐いからに決まっているの。あたしが悪いことを知っているからだわ。だから熊ちゃんがでていくって言ったら止められないもの。謝るのは簡単だけど、謝ってもまたおなじことが起こるかもしれないじゃないの」

 

「でもね、

あたしたちは約束によってつながっているわけじゃないのよ。あたしは熊ちゃんがでていかないことに賭けるしかないわ」

 

 

治子も熊ちゃんを失いたくないのです。

 

でも、結果、熊ちゃんは治子のもとを去りでていってしまいます。

 

“出て行くことにした。きみとはこれ以上一緒にいても無駄だと思う。前から思っていたことだけれど、きみの考え方は異常で、とてもついていけない。”

とメールを残して。

 

治子はこのメールを見て怒りがこみあげ

もはやすがすがしいほどの気持ちに切り替え

熊ちゃんとの別れを自分の中で消化し始めます。

 

治子はとても強いけど

熊ちゃんのことをものすごく愛していたんです。

 

熊ちゃんもそれをわかっていたし

もちろん熊ちゃんも治子を愛していた。

 

世間一般的に常識的なのは熊ちゃんの感覚で

治子は自分勝手で傲慢な女です。

 

だけど男と女って

こういう風になっちゃうことってあるんです。

 

好きなのに、会いたいのに、愛しているのに。

離れることって。

 

熊ちゃんは一度、治子にメールをします。

会いたい、と。

元に戻すのではなく新しく会いたい、と。

 

治子はその文章を読んで胸がしめつけられます。

 

“元に戻すのではなく新しくー

そんなことができたらどんなにいいだろう。双方が望むなら、できないことはないだろう(治子はほとんど、今夜熊木と食事をするかのような気がしている。新しい服を着て行こうと考え、先月買ったスーツを着た自分が思うさまあかるく元気そうな笑顔で熊木の前に立つところを想像した)。昔みたいに、どきどきしながら食事をするのだ(それは抗いがたい誘惑だった)。何度か会って、双方がもう我慢できないと感じ(きっとそうながくはかからない。もしかしたらその日に、食事さえできずに)、肌と肌を(あの熊ちゃんの体温と骨格、そして感触!)合わせるかもしれない。”

 

治子は一気にイメージするのです。

ここまで一気に続く想像に、治子がほんとに熊ちゃんが大好きだって

そしてすごくすごく会いたいんだってわかります。

 

“おなじことが起こるだろう。嬉しくて、幸福で、互いに相手を賞賛し合う。片ときも離れていられないと感じ、一緒に暮らし始める。熊木は一日じゅうマンションにいて、あまり売れない原稿を書く。神戸の両親に会いに行ったり、結婚をほのめかされたりするだろう。治子はそれを拒絶する。熊木は不機嫌になるだろう。おそらく、熊木はまた治子あてのメールを調べるだろう。調べて、不快なものを見つける。見つからなくても疑いは無論消えない。そして、いずれにしても、治子はまたべつな男と寝るだろう”

 

ふと、治子は自分が泣いていることに気付くのです。

 きみとはこれ以上一緒にいても無駄だと思う。

そう熊ちゃんからきたメール。

 

“他ならぬ熊木が、正解をとうにだしているのだ。”

 

そうわかっているから。

 

 熊ちゃんも治子を想うのです。

“いい女も、おもしろい女も、この世にはたくさんいる。でも犬山治子は一人しかいない。しかも、熊木の愛した治子は、趣味も質もいいパンツスーツとハイヒールで武装した彼女ではなくて、かつての留学先の何とかユニバーシティのトレーナーを着て、化粧気もないまま深夜の台所で仕事や勉強に精をだす治子であり、熊木と話すときには溶けそうに幸せな顔をし、大胆な下着を大胆な仕方で脱ぎ捨てて、力強く熊木を組み伏せようとする、焼酎とたたみいわしの大好きな、治子だったのだ。” 

 

熊ちゃんは治子からメールの返信を受け取っていました。

 

“つきまとうのはやめて。みっともないことはやめましょう。”

と二言だけの。

 

 

もう、ほんとうに切なくって!!

お互いの気持ちは、きっとすべては伝わりきらないんでしょう。

 

どちらも本心とは違うことばで

隠してしまっているから。

 

治子が悪いのだけれど

治子なりに熊ちゃんをすごく愛してたんです。

 

だからこそ、違う言葉を使って隠したんです。

 

すごく強くて、自分の生き方を曲げなくて、かっこいい。

(わたしだったらぜったい会っちゃう。笑)

 

 

長女の麻子は旦那にひどいDVを受けているのに

共依存の関係になっていてなかなか離れることができないんです。

 

その麻子が少しずつ少しずつ

気持ちが変化し始めたときに想うのです。

 

人間はみんな病気なのだ。一人一人みんな。

 

三女の育子は、恋に溺れるという感覚がわからず

友だちの彼氏や、知らないおじさんたちと寝てしまいます。

 

他の女の元に帰っていく男たちを、西部劇にでてくる娼婦のように。

 

治子は文中でこう言っています。

 

「人生は考え抜くものじゃなく、生きるものなのよ。」

 

世の中にはいろんな人がいるけど 

“世間一般“の、“当たり前”な、“常識的な人間”なんて

ひとりもいないんじゃないかって。

 

誰もがどこかに歪みを抱えていて

それに気付いて絶望したりする。

 

歪んで、歪んで、歪んで

修正の効かない生き方になってしまった

自分や、だれかに。

 

みんなそうなんだって。

 

まっとうに見せるのが上手なだけで

“真にまっとう”な人間はいない。

 

だから、

歪んでいたっていいんだと思う。

 

だめな自分にも、

だめな家族にも、

だめな愛する人にも、

 

思いわずらうことなんかない。

 

正しくあろうとしなくとも

愉しくあろうとすればいい。

 

愉しく生きよって、

すごくむずかしく

すごく素直でしあわせなのでは。

   

 

本日もお付き合いいただき

ありがとうございました。